十二社通りグルメ情報その一
十二社通りグルメ情報その一です。
東京ガス新宿ショールームやOZONEの近くのお食事処情報を
提供いたします。
●十二社大勝軒(じゅうにそうたいしょうけん)
2006年7月にオープンした有名店系列のお店です。
カウンター4席 テーブル4人掛け3席2人掛け2席とこじんまりしています。
もりそば(つけ麺)が売りのようですが、麺の量が多いので!要注意です。
先日、間違えて大盛を頼んでしまい、食べるのに苦労しました。
(営業時間)11:00-21:00、土日もやっています。
新宿区西新宿3-7-25 電話03-3345-1210
新宿南口から甲州街道、西参道口交差点右折し十二社通り右側。
もりそば(つけ麺、麺350g)700円
中華そば(ラーメン、麺300g)650円
●印度カリー きんもち
安い値段で本格的なカレーがいただけると評判のお店です。
カウンターで10席程度とこじんまりした店のため、昼は行列覚悟です。
(営業時間)11:00 - 20:30 、定休日: 土曜・日曜・祝日
東京都新宿区西新宿3-9-1 電話03-5371-8480
新宿南口から甲州街道、西参道口交差点右折し十二社通り左側。
チキンカレー600円ほか、トッピング各¥50、大盛¥50、特盛¥100。
テイクアウト可能。辛さが選べます。
ライスはターメリックライス、普通盛だとは男性には足りないでしょう。
投稿者 tokyogas : 17:34 本日のブログランキング、順位は?
「新ラーメン激戦区?」
成子坂下の交差点を起点に、「十二社(じゅうにそう)通り」を西参道の交差点を越え、
参宮橋に至るエリア。昔から、ラーメン店がいくつか点在していましたが、
いつのまにかラーメン店がさらに集結!
東京初進出の店あり、さらには、あの池袋の大行列店と同名の店も。
(系列店かどうかは確認できておりません。)
新宿のラーメン激戦区と言えば、小滝橋通りが有名ですが、第二の小滝橋か?
逐次レポートいたします。
投稿者 tokyogas : 16:53 本日のブログランキング、順位は?
8.淀橋浄水場
新宿の西口の高層ビル街と言えば、たいていの人は昔ここが淀橋浄水場であったことを知っているはずです。
三井ビルや住友ビル、NSビルに東京都庁舎などの高層ビルも、この浄水場の跡地の真ん中に建てられたものです。この淀橋浄水場ですが、なぜ新宿にできたのでしょうか?
淀橋浄水場ができるまで東京の水のほとんどは玉川上水と神田上水(神田川)に頼っていました。ところが、時は1886年(明治19年)夏、横浜に発生したコレラは7月には日本橋浜町に第1号患者が発生。8月に入ると東京市内の火葬場には新棺が山積みとなる事態に発展します。
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7.馬水槽(東口ロータリー内)
2006年の1月に新宿東口に新しく給湯器で有名な株式会社長府製作所のショールーム「CHOFU新宿ショールーム」がオープンしました。
今まで新宿の西口をメインに話してきましたが、今回は東口に出て「CHOFU新宿ショールーム」にお越しになる方に、是非、見て頂きたいスポットをご紹介しましょう。
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6.策の井(むちのい)
新宿駅西口ロータリー前のスバルビルと小田急ハルクビルの間に構える青空色の近代的な高層ビルが
「INAX新宿ショールームL21」と「TOTOスパースペース」のショールームのある新宿エルタワービルです。こんな近代的なビルにも隠れスポットが存在しています。
江戸時代の新宿エルタワービル付近は尾張摂津下屋敷であり名水と呼ばれた井戸がありました。その井戸の名は策の井(むちのい)と呼よばれています。
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5.フォークダンスDE成子坂
私の好きなお笑い芸人さんに
「フォークダンスDE成子坂」という芸人さんがいました。
99年に解散してしまったので、今ではその芸を見ることはできませんが、この「フォークダンスDE成子坂」の芸名が「ロバード・デ・ニーロ」のDEをもじったことを知る人はショールーム会でも私ぐらいでしょうか?(笑)
DE以外のフォークダンスは理解できるとして、成子坂とはどこなのかいいますと、現在の新宿区西新宿5丁目、8丁目の青梅街道(昔は成木街道)のことで神田川に架かる淀橋から新宿駅方向に上る坂のことを言います。淀橋から中野方向に上る坂を中野坂といい頂上付近の地名が中野坂上となるわけです。
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4.玉川上水と新宿
江戸時代初期の江戸市街地の発展と人口の増大は、神田上水と赤坂溜池の水(溜池上水)だけでは給水に不足をきたすまでになります。
そもそも神田上水は井の頭池を水源とし,それに若干の河川水が加わるだけなので水量は必ずしも多いとはいえず、日本橋以南への給水は水量的に困難であり、とくに下町地区への給水は技術的にも困難を極める状態に陥りました。
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3.新宿の誕生「淀橋」
時は昭和になり「新宿」という駅名こそあれ、新宿区という行政単位であった訳ではありません。ましてや西新宿などという住居表示はずっと後の昭和45年のことです。昭和の初期の新宿は「四谷・牛込・淀橋」の3つの区からなっていました。当時の新宿駅は「淀橋区」。この3区が統合し、新宿区として発足したのが、戦後の昭和22年のことです。何故「新宿区」という名称になったかというと、歴史的な由来のほか、新宿御苑や新宿駅が全国的にも有名であったこともあり採用されました。
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2.新宿の誕生 「角筈」
新宿の本家が東口の内藤新宿であることは、老舗と呼ばれるお店が現在でも新宿大通り沿いに多いことからもうかがえます。現在の新宿の代名詞とも言える都庁舎などの西新宿高層ビル街は、その昔は角筈(つのはず)と呼ばれていました。
内藤新宿くらべて何もなかったこの地が、現在のような高層ビル街になったのには大きな理由があります。
それは4代将軍家綱の命により、1653年(承応2)に飲料水として玉川上水がこの角筈付近を通り四谷大木戸(四谷4丁目交差点)まで通水された時代にまでさかのぼります。西新宿は水とのゆかりの深い町なのです。
詳細はいずれお話するとして・・・・・
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1.新宿の誕生「内藤新宿」
江戸に幕府が開かれた慶長8年(1603年)の翌年に、日本橋を起点とし五街道が定められました。5街道とは「東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道」のことを指し、各街道にはそれぞれ一定数の宿が置かれ、宿は伝馬を提供する義務が課せられていました。
その中でも甲州街道は日本橋から最初の宿場、高井戸までの距離が長く、旅人が難儀していたため、中間にあたる地に宿場の設置が認められます。新しい宿の意味から「内藤新宿」と名づけられ、新宿の地名の起源となりました。
この「内藤」とは内藤氏が幕府に返上した屋敷地を宿場にしたため「内藤新宿」と呼ばれたのでした。リッチ?な内藤さんに感謝。!
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